2020年10月04日

『ともしび』より・・・

老人の一日は 長く
 一年は短い

 ★たしかに 一年は短くなった
  でも・・・一日は短い
  ということは わたしは いまのところ
   「半老人」ということかしら?
posted by りえちゃん at 08:32| Comment(0) | 父 藤澤駒次郎のつぶやき

2020年08月11日

『ともしび』より・・・

 背負いかたひとつで
  重い荷も かるくなる
 ★ この新型コロナという厄介な荷物
   どのように背負えば 軽くなるのだろう・・・
  
  異常なまでの暑さが コロナを参った!!!って
  思わせることが出来るのなら
  暑くてもがまんします
  重たい荷物 いつまで背負う?
 
   
posted by りえちゃん at 23:00| Comment(0) | 父 藤澤駒次郎のつぶやき

2020年06月25日

ともしび

長生きするには
 気力・・・・(何くそ)
 クヨクヨしないこと
  (だからストレスがたまらない)
 ものごとを全面的にとらえること
 ライバルをつくること

 ★このことば ひとつ、ひとつに
  父が100歳まで元気に生きたことが
  納得できるような気がします
  いま思えば
  『何くそ』っと思う気持ちが
  すべて父の人生だったような・・・
  
posted by りえちゃん at 06:22| Comment(0) | 父 藤澤駒次郎のつぶやき

2020年04月19日

『天声』より・・・

岐阜の根尾谷の老桜にはじめて接したときの
感激はいまも忘れることができない
みちのくの古い街道に忘れられたように
咲いていたしだれ桜は いまもはっきり
目の前に浮かんでくる

自宅を新築するとき ただひとつ
懇望したのが 庭に
 サクラを 植えることであった
植えられたのは 遅咲きの八重桜で
毎年 4月中旬すぎでないと開花しないという
毎年 そのころになると花の咲くことを
待つことしきりである
そうしてその咲いた サクラ に
振り向きもしない往来のひとに腹が立った

時候は不順だし ことしの開花は
駄目だと半ばあきらめていた
ところが ” 咲いた ”というのである

 ★おじいちゃん 亡くなってからも八重桜は
  毎年 枝いっぱいに咲いてくれていますよ
  道行くひとも ” きれいやな〜 ”って言ってくれていますよ
  いま コロナで 不安な気持ちになっていますが
  サクラを見ていると 少しこころが癒されるように思えます

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posted by りえちゃん at 10:46| Comment(0) | 父 藤澤駒次郎のつぶやき

2020年03月23日

『天声』より・・・

墓参りが はやっている
墓へ行けば 死んだ人間に逢えるように
思っているのだろう
死んだら人間でなくなっているという
ことがわからないらしい
はやっているから マネをしているのかも
知れない

 ★お彼岸に 長女夫婦と孫とお墓まいりに行ってきました
  
  父は 「死んだらおしまい!」が口ぐせで
  お墓もいらないと言っていましたが わけ(理由)あって
  わたしは どうしても 父と母ふたりのお墓が欲しかったので
  ちょうど 主人が店の近くの見晴らしの良いところに
  お墓の売り出しがあること聞き 父の反対を押し切って
  そこに 私の家用と並んで買いました。
  それからだいぶして 母が亡くなり
  はじめて そのお墓に行ったときの父のひと言が
  「こんな小っちゃなお墓やったら わしが死んだら
   お参りに来てくれる人がいっぱいで通れへんな」
  言うてたことと 話が合わへんやんって思いながら
  黙ってきいていたときのことを思い出しました
  やっぱり わたしは お墓に行けば逢えるような気持ちにもなるし
  帰るときは とてもさわやかな気分になれます
  はやってるから行くのではない
posted by りえちゃん at 23:58| Comment(0) | 父 藤澤駒次郎のつぶやき

2020年01月15日

『天声』より・・・

深い かなしみの彼方に
大きな よろこびが待っている

 ★いまの私には 
  大きなよろこびが訪れるとは
  とても思えない
  
posted by りえちゃん at 07:02| Comment(0) | 父 藤澤駒次郎のつぶやき

2019年12月11日

『ともしび』より・・・

思うようにならないことの苦しみよりも
思いのままになることから生じる
 ” むなしさ ”の方が 恐ろしい

  ★ 何事にも どんなにがんばっても
    思いのままにならないことがある
    
    それもまた ” むなしい ” 
    
posted by りえちゃん at 05:50| Comment(0) | 父 藤澤駒次郎のつぶやき

2019年12月01日

『短章』より・・・

箱根ホテルの和食堂のサービスの女のひとは
天草から来てもう10年になるという
天草のことをはなしているうちに
そのひとは そっと眼を拭っていた
それがとても印象的で 天草で遇った
天草のひとよりも もっと天草らしく感じた
旅で出会った忘れられないひとのひとりである

 ★ わたしには ふるさとはない
  でも 思い出して話すとき
  いつも涙するのは 母のこと。。。
posted by りえちゃん at 05:42| Comment(0) | 父 藤澤駒次郎のつぶやき

2019年11月16日

『ひととき』より・・・

 死ぬまで生きている
       のである
 死ぬことを自分で知ることはできない
 だから 『死』はわからない
ところが としがよってくると すぐ
『死』ということを考えようとする
考えてもわからないことを考えるのは
 愚痴である
そんなことを考えているよりも
何も考えずに ポカンとしている方が
勝れていると思うのに
すぐ 『死』を話題とする
そしてまわりのひとたちを暗くする
死ぬときは 死ぬのである
『死』は ほって置いてもやってくる
だからわたしたちは 
”今”を生き抜いていくことである
”今”を生き抜いていくひとには
『死』を考えている <ひま>がない

 ★ 孫娘が ”わたし23歳で結婚したいねん”といったとき 
   ”きっと結婚するときには もうばあばあ死んでるわ ”
   ”80歳なるまで 生きてへんもん ”
  一瞬 シ〜〜〜〜ン・・・・
  孫娘やまわりの人を暗い気持ちにさせるようなこと
  死ぬときは だれも いつかわからないのに 
  簡単にこんな言葉言うたらあかんね
  
posted by りえちゃん at 06:58| Comment(0) | 父 藤澤駒次郎のつぶやき

2019年11月08日

『短章』より・・・

片岡仁左衛門いわく
 「眼がわるくなってから観客が良く見えないので
  その人たちのおもわくを機にしなくなって
  自分自身の芸を演じることができます」
 
 ★父が 旅先のお風呂場で転んで肋骨を骨折したとき
  外科医に連れて行ってたら 着物を着てる男性が
  少なくなった昨今 父は長身で姿勢も良かったので
  そこに来られていた女の患者さんから
  ” 片岡仁左衛門さんみたいやな〜”って言われて
  内心ニヤニヤして聞いていたこと覚えています
  その父や母が 久しぶりに夢に出てくれました
  お墓まいりに行って来たからかしら?
  夢の中で会えてうれしかったな
posted by りえちゃん at 05:11| Comment(0) | 父 藤澤駒次郎のつぶやき